TOPFlash VersionHTML Version新宿区ダンボール絵画研究会当時の制作ノート

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1996年03月11日

3月11日はれけっこうあったか 4000円で絵が売れたという

・テレ朝の人が来た。
・カナダ人と話す。Bob 26歳 言葉通じず。でも思いは何となくわかった。

☆「スイートホーム」のあんちゃんの家(ブルー)の戸がなくなっている。
実は昨夜イタリア人が4000円で買って行ったという。3日来ていたと言う。
僕らは2000円もらった。

つかもとムカつく、ぶっころす。←とつぜんそう思った。

・オヤブンとまっちゃんのいざこざ
オヤブンが言いがかりをつけて来た。
シンちゃんは果物ナイフを持っている。
僕らはまっちゃんの家の近くで絵を描いている。
まっちゃんは今日、こっちへ引っ越したのだ。

オヤブン 48歳
シンちゃん ナイフ
まっちゃん 多分70歳過ぎ

「ここはいつでも人が死ぬ場所」

※次ページ
僕は「絵を描く」ということにかまけて、事態を【回避】していないか?

僕は見て見ぬふりは嫌いだ!!
争いごとは嫌いだ!!

どうしてこんなに みんな争う?

それはこの社会が競争社会だからなんだ。
だから男はみな自分の力を”誇示”したい。

僕は今日 はっきりと

ここはいつか イザコザで人が死ぬと感じた。

僕らだって誰かに殺される可能性は充分にある。

死の危険性(可能性)をもっと意識しろ!

人を信じるなと言っているのではない。


小説書くぞおかしありがとおっちゃんが来た。
「バブルの時、不動産やっててもうけけど、何だか人間のこと考えるようになっちゃってね。おじさん小説書こうと思ったんだ」
(笑ってるけど、こんな時も営業スマイル)
「こんちはー」


投稿者 Take_Junichiro : 1996年03月11日 00:00