TOPFlash VersionHTML Version新宿区ダンボール絵画研究会当時の制作ノート

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1995年12月06日

12月6日(水)はれ、風ほとんどなし 客ほとんどなし

このペースで続けてもギリギリだ。

くだらない事にとらわれているヒマはない。
時間に追われるのは嫌だけど、リミットを決めた緊張感も時には必要だと思った。

(タケヲ)
久々にいいノリだったぞ この感じがいい。
やっぱり遊びながらやるといいな。
「遊ぶ」ってことはやはり楽しまなくちゃならん
楽しいたのしい たのしたのし るらるらったんたんた ポンポンヨーッ。


眉剃ったんだイカス?

次はその唇を何とかしろ
その次は出目
その次は鼻の下
その後 あたまのかたち
いやまてよ その前に そのひねくれた精神が先?
そのまえに
そのまえに…

しょうこ!
しょうの音はいつまでも響くのであった。
-不良少女とよばれて

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手塚治虫ノーマン(1.2)と短篇を読む。
手塚治虫ヒューマニズムとでも言いましょうか。気分によってはこの説教臭さが鼻につく時もある。けれどあくまでも人間の心、を描こうとする手塚治虫は相当業の深い人間だったに違いない。
描いても描いても描いても消えない深い心の傷を感じる。
僕は手塚マニアではないから彼自身のことについては知らない。
しかしヘビーな内容を、あくまでも完成された絵とストーリーによって、しかもエンターティメントを決して外さずに見せるなんて…。
内容もさることながら「コマ割り」「構図」に斬新なアイデアをいともアッサリとキャッチーに盛り込んでしまう所なんざぁ、もう…。
 僕らの絵も、楽しくってハチャメチャで荒唐無稽でヘビーで暗くて感覚的で人情的で…と飽きのこないものでありたい。

結局 僕は芸術なんて言葉に用はない。
おもしろい作品を産み出したい。

僕はひねくれてなんかいないちょっと複雑なだけなんだ!

手塚作品にはあまり「不条理」はない。
赤塚不二夫作品にはほとんど「寓話」はない。
不条理と感覚だけだとやっぱり長篇は難しいだろうなー。

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誰の手だこわい…!コワイコワイ
自らを抱きしめるようにして眠る山根君
彼に安らぎあれ!

むにゃむにゃ

その後ポーズを変えて手のひらをにぎにぎする
口が時々むにゃむにゃと動く
断片的にいびきをかく
よく動く
まわる
おどる

投稿者 Take_Junichiro : 1995年12月06日 00:00