cardboard-house-painting.jp topcardboard-house-painting.jp FLASH vercardboard-house-painting.jp HTML ver新宿区ダンボール絵画研究会当時の制作ノート

新宿駅

一日の乗降者数日本一の新宿駅。
新宿はまさに「アジア」的だ。
当然「闇」も深い。
この大都市を想う時、クラクラと目眩(めまい)を覚える。


「勝者」はどこまでもきらびやかで。
「敗者」は底なし沼のようにどこまでも堕ちる。
「勝敗」という価値観から自由になるには、
究極の「勝ち」と究極の「負け」が同居する場所に行くしかない。

そんな奇跡のような場所が新宿西口地下道にあったのだ。

地下都市の王国(段ボール村)は巨大都市「新宿」でないと存在出来ない希少な「現実」だったのだ。

ここ新宿西口地下道はかつてフォークゲリラで盛り上がった場所だと云う。
反体制の磁場がここには渦巻いていた。
その後この国では権力と拮抗する形で文化や芸術が産まれることはどんどん少なくなって行ったとうことだ。


それは世の中が良くなったのか、それとも反骨的な若者がいなくなっていったのか。

恐らくこの段ボール村と段ボール絵画は新宿西口地下道最後の「反権力」の現象だろう。


ひょっとしたら20世紀末に行われたこの「段ボールハウス絵画活動」は、
この国最後の「反体制芸術」かも知れない。


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地下道地図 | コメント (0)

初作品

初作品
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 西口地下広場(参照


新宿西口地下道段ボールハウスペインティングのデビュー作。

最初、地下道の段ボールハウス群に絵を描こうとは微塵も思わなかった。新宿の何処かでゲリラ的にストリートペインティングをしようとしたのだ。オレは「TAKEWO」とペンキをかついで新宿を歩き回った。しかし、一見自由そうに見える大都会もゲリラペインティングが出来そうな所は見つからなかった。さんざん捜し回ったけど、この街はやっぱりシステマティックだった。意気消沈してオレたちはあてもなく彷徨ったのだ。


希望を失い、呆然と新宿に立ち尽くした。街は巨大で威圧的だった。絶望感に覆われながらフラフラと人の流れに任せていたら、オレたちはいつの間にか新宿西口地下道の段ボールが連立する村に辿り着いたのだ。そのまま、ふらふらと吸い込まれるように一軒の段ボールハウスに近付き、そのまま段ボールの扉を「パスッ、パスッ」とノックしたのだ。

「なんじゃい」
中からはがたいのいい恐そうなオッチャンが顔を出した。
「絵を描いてる者ですが、あなたの段ボールの家に絵を描かせて貰えますか?」
「なんじゃい?」
「ですから、段ボールハウスに絵を描かせて欲しいんです」
「なにぃっ!」
「・・・」
「あっ、いいよ、描け」
 
そう、こうして段ボールハウスペインティング活動の幕は切って落とされたのだ。オレたちは
夜から朝にかけて、「TAKEWO」と二人で2軒の段ボールハウスに絵を描いた。
夜中は人の叫び声とガラスの割れる音が遠くから聴こえ、数十分おきにパトカーと救急車のサイレンの音が地下道に響き渡っていた。

真夏の夜、大都市のアンダーグラウンド(地下道)からオレたちの「反逆」は始まったのだ。

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初作品その2

初作品その2
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 西口地下広場(参照


最初の連作品二軒のうちの一つ。

はじめてここで描いた夜、二軒の家に絵を描いたのだ。一つはとなりの「ゴルゴ13的人面魚」そしてもう一つがこれだ。男女のペアになっていたのだ。
「泣く男」と「冷めた目で見る女」が並んだ形になっていた。残念ながらこの絵の寿命は短かった。
今改めて眺めてみると涙が出て来そうになる。

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新宿の左目

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武盾一郎・吉崎タケヲ・山根康弘 合作 / 西口地下広場(参照


1996年1月24日、東京都による新宿西口ホームレス強制排除でも生き残った代表作。
新宿西口地下道段ボールハウス絵画と言えば「この絵」だと言っても良い。

「ヤマネ」が「新宿の左目」と言葉にした。その言葉のイメージで三人同時に描き出した。
夜通しのライブペインティングだ。三人のバトルだった。このペインティングバトルのテンションはギャラリーが出る程だった。

西口のロータリーをはさんで向いに「新宿の目」という右目だけのモニュメントがある。オレたちの描いた絵は「左目」だ。
ちょうどいい。これで対になった。新宿の地下道に巨大な両目が出現したのだ。地下道はこのクソ日本に牙を向く魂を持った生き物となったのだ。

念のため言っておくが「新宿の左目」の「左」は別に「左翼」の「左」なんかではない。60年代を引きずっているチンカス団塊オッサンども、誤解しないでくれ。オレはお前らみたいなクズではない。
そうそう、ちょっと不思議なことだが、この絵が出来上がった時「この絵がなくなる時がこの村が終わる時だなぁ」って漠然と思った。

強制撤去でも生き残った「新宿の左目」は地下王国のシンボル的な存在となって君臨し続けたのだ。

そして1998年2月の大火災。
水浸しになった「新宿の左目」は東京都に破棄され、同時に村もなくなった。
「新宿の左目」は、本当に段ボール村と共に死んだのだった。

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グラフィックな日常

グラフィックな日常
武盾一郎 作 / 西口地下広場(参照


絵は「らくがき」である。
当時のオレはそう考えていた。

これは描き上げた後に「慰霊碑」(?)のような役割としてこの作品が位置付けられていた事をあらわしている写真だと思う。
オレたちの絵がここの場所で何らかしらの宗教的役割を果たしていたとするならば、「絵とは何か?」というオレの疑問にひとつの答えが見出せるのかも知れない。

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