cardboard-house-painting.jp topcardboard-house-painting.jp FLASH vercardboard-house-painting.jp HTML ver新宿区ダンボール絵画研究会当時の制作ノート

クッキ的顔

クッキ的顔
武盾一郎 作 / 西口地下広場(参照


「TAKEWO」がメインで描いた「顔」に対抗(?)して描いた、小さい作品。

エンツォ・クッキが降りて来た気がしたので一応「クッキ的顔」という題名にしてあるが、描いていた当初にこの題名があったワケではない。絵の題名はその家主の名前がふさわしいからだ。
この制作で自分達の絵に「題名」を書き入れたものはほとんどなく、「サイン」は全くしなかった。

オレはオレの名を知って欲しかった訳ではない。
「「絵とは何か」という答えの一つがここ新宿の地下道にあった。」
という事実が、多くの人たちの「記憶」と「感性」と「心」と「理性」に残って欲しかっただけだ。
人間は「商売」の為に生きている訳ではない。
「絵画」はそもそも「商品」ではなかったはずだ。
「アート」はそもそもテメーの名前をトドロカスために生まれた訳じゃあない。
「サイン」をしないのはそう言った理由からである。

エリートだといろいろできていいですね。
あいつらの偽善とインチキを証明しながらちゃんとやっていきますよ。

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顔
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 西口地下広場(参照


TAKEWOメインの作品。
大小、濃淡、さまざまな円のみで顔を表す。
けっこうそのまんま美術的なアプローチだがスッキリしてインパクトのある作品だ。

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小顔たち

小顔たち
武盾一郎 作 / 西口地下広場(参照


ポスターやステッカーが貼ってあった段ボール面だったので、ステッカーみたいに描いた作品。
「Take」作。

もの凄く「顔が恐い」オッチャンがここいら辺に住んでいた。
何かを持ってこっちに向かって怒鳴っていたので、殴り掛かって来るのかと思った。
もの凄くビビリながらもなんとか振り向くと、手に持ってた物はジュースでそれを差し出してくれたのだ。
それ以降もそのオッチャンは何度か差し入れを持って来てくれたけど、やっぱり恐かった。
顔と声のインパクトってあるよなあ。
童顔もキツイけど、恐い顔ってのも大変だったろうなあ。

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月のもとに罪を問う

月のもとに罪を問う
武盾一郎 作 / 西口地下広場(参照


なんか不思議な感覚がオレを取り囲み、そのままスピーディーに神秘的に仕上がってしまった作品。

ここでオレたちは1995〜1998にかけて絵を描いていた訳だが、「絵を描いた(自分の想像力と才能で創造した)」って感覚よりも、不思議な力によって「絵を描かされた(何て言うのか、オレ自体は単たる媒体でオレの理解範疇外の何かを形つくるよう動かされただけ、みたいな)」感覚だった。

「自我性」を放棄してしまう日本人特有の感性がそう言わせてるのかも知れないが。

しかし、「不思議な力」を感じたのは確かなんだ。
信じてくれとは言わないが、そうとしか言い様がないのだ。

別に霊感がある訳でも無い。

実際ヒュードロドロと現れる「幽霊」と遭遇した事は一度もない。
でも何か居たんだ。

オレはそれを「精霊たち」と呼んでいた。

目に見えるのではなく「感じる」ものだった。
彼(女?)たちはとても弱く繊細でいながら、オレたち人間をよ〜く観察している。そしてそこにシステムが敷き詰められ、心無い人間がドカドカと踏み込んでくると、あっさりと死んでしまう。
精霊が死んで居なくなるとオレは絵が描けなくなってしまう。
そういった印象だ。
特にこの絵を描いている時はとても奇妙な感覚がオレを支配した。

この絵を完成させて後、家主はオレに怒って来た。
「オメーの描いた絵が夢に出て来るんだよ!どういうことだよ!気が変になりそうだ!オレを殺す気か!」って。
ここの家主はちょっと恐い人だった。そんな恐い系のオッチャンが狼狽して言って来たのだ。ラリってたのかも知れないが。
そのおっちゃんはその後オレに対してはとても優しくしてくれた。

なんとも奇妙なエピソードだけど。

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般若と台所

般若と台所
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 西口地下広場(参照


ザイン性、描写、共に非常に良いです。
これ、なかなかの傑作!

般若が包丁を握り血が流れている。
袴のシルエットにはキッチン。
よ〜く眺めているといろいろな物語りが見えてきそうな作品である。
食にまつわるモチーフはやはり結構あったと思う。
とにかく一人で食事をするのはどんなに金持ちであっても貧しい行為である、ということをここで痛感した。
どんなに貧しくても食事を共にする人がいることは「豊か」であるのだ。

仕事や勉強に勤しんで自分を精神的経済的に成り立たせているんだろうけど、一人で食事をしているなら、それは悲しいことだよ。
点数を上げる事に躍起になる価値観より「たった一人で飯を喰わない」ことを重んじる方がいいと思う。

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