cardboard-house-painting.jp topcardboard-house-painting.jp FLASH vercardboard-house-painting.jp HTML ver新宿区ダンボール絵画研究会当時の制作ノート
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砂時計

砂時計
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 地下鉄「京王新線」へ続く地下道(参照


京王新線への地下道の段ボール村へのペインティング第一弾(だったと思う)。

ここ京王新線の段ボールハウスはみな移動式の家屋なのだ。
夜になるとここの地下道は通行止めになるためだ。
毎日夜になると家を折り畳んで違う場所に移動する。そのため段ボールが軟らかくなっているのだ。

オレたちの絵は見事にその弱った段ボールを「補強」していた。
一軒一軒絵が違うので段ボールが個性を持ち「その人の持ち家」となる。
住まう人も段ボールを大切にしてくれた。
夜になるとみんながどこに場所を確保しているかも明らかになり、ボランティアの「パトロール」からも「有り難い」と言われた。

その気はなかったのにこの絵画活動は「人助け」にもなっていたのだ。
善行をしようと思って善行をするのではなく、「やりたいコト」をやっていたらそれが人から喜ばれた。と言う体験はオレを大きく変えた。

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だるまおとし

だるまおとし
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 地下鉄「京王新線」へ続く地下道(参照


上に乗っている赤ん坊は実は「小沢一郎」のイメージだった。

観ようによっては単なる「風刺画」なのだが、実に良く描けている!スゲエ!

よく、漫画家やデザイナー、写真家、建築家、美術家からは「「商品」として「絵」のクオリティーは低い」と言われたが、こうやってもう一度観てみると
「そんなことねえじゃん。オッサン、オバサンども!嫉妬してそんなコト言ったんだろう。なめやがって!」
と怒りがフツフツと込み上げて来る。

テメェラの妥協しまくった、金稼ぎの為だけの「くだらねえオシゴトより、よっぽどスゲエじゃん!」
これを読んだら謝りに来い。ボケ。
じゃなかったら、ぶくぶく肥って、死ね。

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ひとだま

ひとだま
武盾一郎 作 / 地下鉄「京王新線」へ続く地下道(参照


結構初期の作品だと思う。
ひとだまを描きたかった。

「人魂」ってあると思う。いわゆるヒュードロドロって出て来る火のかたまりみたいなんじゃなく。
人にある霊的なエネルギーがかたまって浮遊してることがあってもおかしくないんじゃないかなあ。
オレは幽霊の類いとは出会ったこともないし、別に既存宗教に所属してる訳でもない。

ただ「神」は居る(在る)ことは確かだ。

立証は出来ないがそう強く感じる。
どんな形で、でどんな大きさで、その数はどれくらいで、そしてその神が万物を創世したかどうかは分からないが。

生き物も、そうでないものも、霊的な力を浴びて(帯びて)存在している。ってうっすらと思ったりする。

オレにとって絵を描く事は「神」を体感する行為だった。
或いは「神」を求めるために絵を描いていたのかも知れない。

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路ハ、死ナナイ。

路ハ、死ナナイ。
武盾一郎・吉崎タケヲ・山根康弘 合作 / 現在「動く歩道」のB通路(参照

ストリートに暮らす人たち。
ストリートで表現するオレたち。
両者の願いは 「路ハ、死ナナイ。」だった。

ストリートにオレは魅力を感じていた。
「無差別メディア」だからか?
「純粋な評価が得られる」と思ったからか?
「開放感があるから」か?
「勇気がいる」からか?
自分の手でメディアを切り開きたかったのだろう。
「賞に応募」「組織に所属」「金出して場所借りて発表」
以外で自分たちで何かステージを作りたかった。
レールに従いたくなかった。
そんな気持ちだった。

結局ここB通路は「死んだ」。
「動く歩道」になってしまった。

この絵は「古事記」より、天の岩戸(あまのいはと)に隠れてしまった天照大御神(あまてらすおおみかみ)を誘い出そうと大宴会を催し踊る「あめのうずめ」をモチーフにしている。

巨大コンクリートの糞都庁(おかみの岩戸)に囚われてしまったストリートの神様を奪還するため絵だったのだ。

古事記と違う所は、オレたちはその作戦に敗北する。

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江戸家

江戸家
武盾一郎・吉崎タケヲ 合作 / 現在「動く歩道」のB通路(参照

新兵器「ネオカラー」の登場で単色塗りの色彩が鮮やかになった。

今までは業務用のペンキで描いていたがこの頃どういうわけかネオカラーを使い出している。
壁画の仕事が一つ入って業務用のペンキはもう買うことがなくなって、ネオカラーを買い足したのだ。

かつてB通路(今は動く歩道になっている)には数百メートルにも及ぶ連なる家に描かれた絵がズラーッとあったのだ。

オレたちは強制撤去の瞬間まで絵を描いていた。
強制撤去の瞬間、そこには活動家もボランティアも住民も誰も居なくなっていた。
誰も居ない抜け殻となった段ボールハウスに最後の作品「スイートホーム」を描いていたのだ。
その作品はいわば「B通路」の代表作だった。
1996年の1月1日から描き始め24日間かかって描いた作品だ。
写真がないのが非常に残念だ。

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